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広島高等裁判所 昭和28年(う)783号 判決 1954年3月11日

控訴人 被告人 阿部愛子

検察官 栗本義親

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年及び罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができない場合は金弐百五拾円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

弁護人村田喜一同栗原良哉の各控訴の趣意は、記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一、弁護人村田喜一の控訴趣意第一点について

所論は被告人の本件犯行は、売主蔡裕栢と買主八木千鶴との間の売買の斡旋行為であるから、幇助と認定すべきであるというのである。蓋し本件の如く、他人に頼まれて麻薬買受の世話をした行為をどう見るかということは、各個の具体的事実について、その事情に応じて決定すべきであつて、或は所論の如く幇助と認められる場合があり、或は依頼者と共同して買受けたと認められる場合があり、或は原判決認定の如く自己が買受けてこれを依頼者に売渡したと認められる場合があり得べく、その何れの場合にあたるかということは、これを一般的抽象的に論ずることはできない。而して本件においては、原判決挙示の八木洋一、八木千鶴、蔡新春及び被告人の各供述調書並びに原審第二回公判調書中の被告人の供述として「八木洋一や八木千鶴に頼まれ、蔡新春から買つて来て渡した際に、幾らで買つて来たといわなかつた、買つて来た時の原価をいわず勝手にねだんを高くして、そのねだんで買つて来た様にして渡し、自分で勝手に口銭をとつた」という趣旨の記載を綜合して考察するときは、原判決認定の如く、被告人はその都度自ら麻薬を買受けた上、これを八木千鶴に売渡したと認めるのが相当であつて、原判決には事実誤認の違法はない。

次に論旨は、本件犯行が幇助であるとの主張に対し、原判決が判断を示さなかつたのは違法であるというのであるが、原判決は被告人の所為が幇助ではなく、正犯であることをその事実摘示において明らかに示しており、弁護人の幇助の主張を否定したことが明らかである。このように単に正犯としての犯罪事実の否定に止り、罪となるべき事実の判示においてその採否の判断が自ら示される事実の主張は、刑事訴訟法三三五条二項所定の事実の主張には当らないと解すべきである。

論旨は何れも理由がない。

二、弁護人栗原良哉の控訴趣意第一点について

論旨は(イ)原判示第一、第二の各犯行が幇助であつて正犯ではなく、(ロ)原判示第二の各犯行は営利の目的に出でたものではないとして、原判決の認定を非難するのである。

しかし(イ)の点についての当裁判所の判断は前記一の項において明らかにしたとおりである。(ロ)の点については、前記一の項に摘記した原判決挙示の各供述調書並びに原審第二回公判調書中の被告人の供述の記載によつて、被告人に営利の目的のあつたことを認めるに十分であり、現実に得た利益が少かつたということは右認定を妨げるものではない。

論旨は何れも理由がない。

三、弁護人栗原良哉の控訴趣意第三点について

判決書の理由中に犯罪事実を記載するにあたり、犯罪の日時、場所等を明にするのは、犯罪事実を具体的に特定する為であり、延いて適用法令の効力の時及び場所に関する限界を明にし、且既判力の及ぶ範囲、公訴の時効の成否、裁判所の管轄等を定める基準を明にする必要等に基くのであるから、その日時はなるべく正確且詳細に記載するのが望ましいけれども証拠上これを確定し難い場合には、右の目的に照して支障ない限度においては、或程度の幅を持つた日時の記載も許されるものと解すべきである。而して原判決の日時の記載を、右の見解に執いて検討するときは不当とは認められない。

尚原判示第二事実の一の(一)及び二の(一)の営利目的の犯行が第一事実の非営利目的の犯行より以前になされたとすれば、前者の営利目的の存在を首肯し難いとの点については、営利目的の犯行の後に非営利目的の犯行がなされることは、あり得ないという経験上の法則があるわけではないのみならず、原判決挙示の八木千鶴の昭和二八年六月六日附の供述調書(謄本)の記載によれば、原判示第一事実は、第二事実の一の(一)及び二の(一)よりも前であつたと認められる。

論旨は何れも理由がない。

四、弁護人村田喜一の控訴趣意第二点及び弁護人栗原良哉の控訴趣意第二点について

牽連犯とは二以上の犯罪行為が、当該の具体的事案において手段結果の関係にあるのみでなく、客観的に見て通常手段結果の関係にありと認められる場合でなければならない。而して単に麻薬を譲受けてこれを譲渡した場合には、その具体的事案としては、その譲受と譲渡との間に手段結果の関係はあつても、通常手段結果の関係ありとはいえないから、原審が原判示第一事実の一と二とを併合罪として処断したのは正当であつて、この点に関する限り論旨は理由がない。

しかしながら、原判示第二事実については、右と同一に論ずることはできない。即ち原判示第二事実の各所為は、何れも営利の目的に出たものであるが、本来営利の目的を以てする物品等の譲受は、当然その物品等を譲渡すことを前提とし、その譲渡の実行によつて営利の目的が達せられるのであるから、営利の目的を以てする麻薬の譲受行為は、その結果として当然その麻薬の譲渡行為を伴い両者の間には、前述の意味において、通常手段結果の関係があるといわねばならない。

なお刑法五四条一項後段は、牽連犯の要件として、手段若しくは結果たる行為が他の罪名に触れるときと定めているが、この他の罪名に触れるというのは、必ずしも別異の罪名に触れる場合と解する必要はなく、手段若しくは結果たる行為がいずれも犯罪を構成する。即ちそこに数個の犯罪が成立する場合を意味するものである。このことは、想像上数罪の場合において同種類のものを認めていることと、今日連続犯の規定が廃止されていることに徴し、蓋し妥当な解釈であると信ずる。尤も牽連犯は多く別異の罪名に触れる場合に成立し、同一罪名の同一構成要件に該当する行為の間に通常手段結果の関係ありと認め得る場合は、ほとんど考えられないといえるけれども、本件においては各行為が同一罰条に該当するとはいえその構成要件を異にしているのであつて、その間に通常の手段結果の関係を認めることが可能である。従つて原判示第二事実中一の(一)と二の(一)及び一の(二)と二の(二)の各所為はそれぞれ互に手段結果の関係があるから、これを牽連犯として刑法五四条一項後段の規定を適用処断すべきであつて原審がこれを併合罪として処断したのは法令の適用を誤つたものというべく、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

この点についての論旨は理由がある。

仍て各弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略して刑事訴訟法三九七条三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決をすることとする。

原審の確定した事実に法令を適用すると原判示事実中第一の一及び二の所為は、各麻薬取締法附則一六項旧法(昭和二三年法律一二三号)五七条の二に、第二の一の(一)及び同二の(一)の所為は、各麻薬取締法附則一六項旧法五七条の三に、第二の一の(二)及び同二の(二)の所為は各麻薬取締法六六条に該当するが、第二の一の(一)と同二の(一)及び第二の一の(二)と同二の(二)の各所為は、それぞれ手段結果の関係があるから刑法五四条一項後段の規定を適用してそれぞれ麻薬取締法六六条所定の刑を以て処断すべく、情状により懲役及び罰金を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから懲役については同法四七条によつて麻薬取締法六六条の罪の刑に法定の加重をし、罰金については同法四八条二項によりこれを合算しその刑期及び罰金額の範囲で、各弁護人の量刑不当の控訴趣意に鑑み訴訟記録を検討して諸般の情状を考慮して主文第一項の刑を量定し、罰金の換刑処分につき同法一八条を適用して主文第三項のとおり判決をする。

(裁判長判事 伏見正保 判事 村木友市 判事 三井明)

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